施設長ノート:第2回 この場所に施設をつくると決めた日
2026年07月08日 09:16
やすらぎの里北小岩は、江戸川区から土地をお借りし、建物を造って運営している施設です。
提案方式による事業者公募において、江戸川区に選定していただいたことから、この施設づくりは始まりました。
この写真は、江戸川区が事業者を公募した後、私が初めてこの場所を訪ねた時のものです。
まだ建物はありません。
けれど、この場所に立った時、私は心の中で、
「絶対にこの場所に施設をつくる」
と決めました。
今から23年前、当時、私たちの法人は障害者の通所施設を運営していました。
その中で、親を亡くした方たちが安心して暮らせる場所を確保する必要がありました。
何軒も不動産屋を回りました。
しかし、障害のある方が暮らす場所として使いたいと伝えると、オーナーから断られることの繰り返しでした。
結局、法人として国有地を購入し、自前で建物を建てることになりました。
ただ、そこに行き着くまでには、特別養護老人ホームと障害者グループホームを同じ敷地内に建設するという計画もありました。
しかし当時は、
「特養は施設であり、施設の中に家=ホームは作れない」
という見解から、その計画は認められませんでした。
それから16年後。
江戸川区が内閣府に相談し、論点整理を重ねた結果、規制緩和により、特別養護老人ホームと障害者グループホームの合築が可能になりました。
そのことを知った時、私は心の中で何度もジャンプしながら拍手をしていました。
「ブラボー!!」
本当に、そんな気持ちでした。
江戸川区の熱意と情熱、そして物事を前に進めていくスマートさを、ひしひしと感じました。
当時、私は江戸川区立虹の家で働いていましたので、江戸川区の福祉にかける想いは日々感じていました。
それでも、この時ほど感動したことはありませんでした。
なぜなら、それは単に一つの建物を建てられるようになったという話ではなかったからです。
障害のある方が地域で暮らす場を、また一つ広げることができた。
その可能性を、制度の壁を越えて形にした出来事だったからです。
先日、古巣である江戸川区立虹の家のお祭りがあり、江戸川区の斉藤区長さんとお話しする機会がありました。
その時にも、当時の規制緩和の話題になりました。
実は、これらを推し進めてくださっていたのが、当時の福祉部長であり、現在の斉藤区長さんです。
そのお話をしながら、当時の記憶が走馬灯のようによみがえりました。
そして、古い写真を探してみると、この場所に初めて立った日の写真が出てきました。
あの時の私は、感動とやる気、そして情熱でいっぱいでした。
何もなかったこの場所に、今では入居者の皆さまの暮らしがあり、職員の働く姿があり、地域とのつながりがあります。
やすらぎの里北小岩は、たくさんの人の情熱と想いが積み重なってできた場所です。
そして今、この場所では、日本人職員だけでなく、海外から来た若い人たちも福祉を学び、支える側として歩み始めています。
そのお話は、また次の施設長ノートで少し書いてみたいと思います。